トロントは自然が多い。街じゅうに自然がいっぱいでスカンクなんかもうろうろしてる(多分、あれはリスじゃない。知ってる人教えてくれい!)。北の見所といえばAlgonquin Provincial Park:アルゴンキン州立公園。で、南といったらオンタリオ湖に浮かぶここToronto Island:トロント・アイランド 。行き方は簡単で ヒルトン・ハーバー・キャッスル・ホテルにあるフェリードッグでフェリーに乗れば、10分位でついちゃいます。

またまたナイアガラのメンバーで行ったんだけど、綺麗なところでしょ?花と緑に囲まれてて、ビーチもあるしね。トロントニアンは休日ここでリフレッシュするんだなぁっていうところ。まぁ、このときの僕は毎日がホリデーみたいなもんだから何も言えませんが。ちなみに、トロントの最初のページの夜景はToronto Islandからとったもの。ここから見る、ダウンタウンのビル群がまた綺麗なんだ。

トロントに行ってToronto Islandに行かなかったらモグリだといわれちゃいそうなくらいここは良いところ。もし、旅行に行く予定のある人はスケジュールに入れておこう!一日ゆっくりとくつろげるから。

※Toronto在住のYutakaくんからメールが来ました。どーやら、街中をうろついているのは本当にリスとのこと。いやー、あれがみんなスカンクだったら街中臭くなっちゃうもんね(笑)

とまぁ、野球を観たり観光したりと楽しいトロントライフを送ってたんだけど、3週間くらいたってくるとそろそろ日本に帰りだす人がでてくるんだよね。みんながみんな僕みたいにワーキングホリデーで来てるわけじゃないから。で、一緒にNiagara Fallsに行ったり、Toronto Island に行ったりした友達はみんなこの時期に帰国。僕は新しいGroupに属することになりました。まぁ、この辺はまた今度書くとして、実は僕のホームステイの契約は4週間だったのです。もともと、独り暮しがしたかったんだけど、さすがに知ってる人もいないところに最初から独りで住むほどの勇気も根性もなかったんで4週間だけ日本で契約しておいたんだよね。

ということでこの頃から独り暮しをするための家を探すことにしました。探し方はといえばこれは簡単。Toronto Starっていうカナダの新聞を買ってきて不動産のページを見るわけ。そうすると小さな字で一面に場所、値段、家具の有無、連絡先などなど書いてあるから、いいなぁと思ったら電話である程度話を聞いて、アポとって実際に見に行く。そして気に入れば即契約って流れなんだけど、これがなかなか・・・。

普通はすぐに借りれるんだけど、僕のつたない英語、資金力、きれい好きな性格が災いしました。全然借りれない!初日、2日目は借りれなくてもまだまだ余裕たっぷりだったんだけど、3日、4日と経つにつれてだんだん不安で一杯に。もう、学校行ってる場合じゃないと、学校サボって朝から晩まで家探し。それでも借りれずに、途方にくれる日々が・・・。ここで僕はいくつかの選択肢を用意して考えました。Ⅰ.トロント滞在を断念して日本に帰る、Ⅱ.バス停に住む、Ⅲ.ホームステイ延長を依頼する は半年間帰ってこないと豪語してるだけに即却下。やっぱり僕にも意地ってもんがありますから。は何いってんの?って感じだけど、結構真剣に考えました。日本のバス停みたいにただ、ポールが立ってるとか、屋根がついてるだけっていうんじゃなくて、ちゃんと1.5畳くらいの大きさの部屋になってるバス停があるんだよね。これだと、ダンボールかなんかで入り口をふさげば雨風しのげるからいいでしょ?まぁ、こう書くとすごい発想した奴だなって思うかもしれないけど、これは僕独自の考えではありません。いたんです。実際にそうやってるホームレスが!発見したときは正直ビックリしました。でも、次の瞬間僕は突撃インタビューをしてたんですねぇ。で、話を聞いたところ、かなり快適らしい。なによりも、バス停には名前があるから郵便が届くのが便利とのこと。正常な精神状態じゃなかった僕は、”どこのバス停にしようかな?”なんて考えてましたが、次の瞬間に「カナダに日本人浮浪者」なんて見出しが頭をよぎりやめました。これは恥だからね。結局しぶしぶにしました。

できれば避けたかったんだよね。というのは、門限とか就寝時間とかの制約ってのもあったけど、それだけじゃないんです。実は6歳のThomasとけんかして、ちょっと軽く叩いてしまったんだよね。そしたら、ビービー泣いちゃって、当然のようにMrs.Gregoryにちくり。事情を知らないMrs.GregoryはThomasの「何もしてないのにたつやが殴った」という説明を鵜呑みにしちゃって大爆発。「この前、中国人夫婦の幼児虐待が問題になってたけど、アジアの人っていうのはなんて野蛮なの!」ってね。必死に説明したけど、僕のボキャブラリーじゃ、何言ってもThomasにはめられるだけ。悔しかったねー。こんなわけで、人間関係ガタガタだったんで早く出て行きたかったのさ。でも、背に腹は変えられんから、頼み込みました。で、4日間延長。たっぷりと延長料金払いました。

諦めずに頑張った甲斐あってこの延長期間中の8月29日に家を借りることができました。場所はEglinton Westってところですごく良いところ。学校にもバスで10分くらいだったし、ダウンタウンもSubwayですぐ。ちなみに、僕が家を借りるまでに見に行った家の数は34件。 多分、こんなにあたった人はいないんじゃないかな?この辺の行動に僕の「やりだしたら諦めないでとことんやる」っていう性格がよくでてますね。でも、本当に良かったよ。

※念の為「けんか」の内容を書いときます。彼が韓国人と僕の前で僕たちに向かってアジア系を侮辱する発言をしたので注意をしただけです。注意をしたら、更に連呼したのでおでこをパチリと。これがこんな大きなことに・・・。大人気無かったかもしれんけど、子供だからこそ注意をしておきたかった。ただそれだけ。

さて、9月1日に引越しも無事終わり、門限や就寝時間などの制限のない新しい生活がはじまりました。月も変わって気分一新ってところだよね。

実は生まれて初めての独り暮らし。借りたベースメントには冷蔵庫はもちろん、電子レンジもあったし、ベッドと小さなダイニング・テーブルもあったから大きなものは揃える必要なし。まぁ、音のない生活ってのが嫌ですぐに怪しげな電気屋に行ってラジカセを買ったんだけど、恐ろしいことに1日で壊れました。翌日、文句言って返品したよ。まったく信じられん。その他、買ったものはスプーン、フォークや足りないお皿くらいかな。基本的には生活するのに必要なものはほとんど揃ってました。

で、独り暮らしというとやはり自炊。学校帰りにEglintonのスーパーでよく買い物をしたし、安いものを求めてチャイナタウンまで行って買ったかな。基本的にはパン食で問題ないタイプなんだけど、やっぱりたまには白米が食べたいじゃない。ということで、チャイナタウンのそばのFuruyaさん(漢字だと古屋だったかな?忘れた)に行って、タイ米ではない日本のお米を買ってました。その他、サッポロ一番とかレトルトのボンカレーとかが売っててねぇ。でもって、時々贅沢してポッキーなんぞも買いましたよ。また、ここでは日加タイムスというカナダの日本語新聞が売ってたんで、ちょくちょく買ってたね。いやー、お世話になりました。でも、もうないのかなぁ。検索してもでてこないや。ちょっとさびしい。

人間、心配事がなくなると思いっきり遊びたくなるもんで、しばらく観光から離れていた僕は「地球の歩き方」を熟読。小さな脳みそをフル稼働させて出てきた案は“カサ・ローマ見学”と引越し祝いパーティ(こんなんしか思い浮かばないのか?)。Xデーは9月6日(月)、LaborDayでお休みの日だ(毎年9月の第一月曜日がLaborDay(労働者の日)。

当日は朝10:00にDupont駅で待ち合わせ。そこから歩いて10分ほどでお城のような派手な建物にたどり着く。なんでもNiagara Fallsの水力発電で大儲けした人 (Henry Pellatt:ヘンリー・ぺラット氏)が建てた家らしい。部屋の数なんかも100近くあるとかで、これが個人の家なのか?という感じで僕ははっきり言って呆れてしまった。まぁ、「お城のような家を建てる」っていうのが彼の夢だったらしいんで、夢を実現させたその努力には敬意を示したいね。夢を実現させるために努力できるっていうのはすごいことだから。で、一通り見物してその規模、建材や家具のこだわりに感心してカサ・ローマを後にしたのであった。

さて、ここから本日の第二部の始まり。引っ越し祝いパーティの準備にとりかかる。みんなで食材の買出しに出かけ、お好みのドリンクを買いこむ。僕のお気に入りはモルソン社のMolson Ice Beer。日本ではパッとしなかったアイスビールなんだけど、カナダ・アメリカでは当時大ブレークしてたんだよね。このブレークをみた日本のビール会社がこの翌年からアイスビールを売り出したってわけ。売り出されたときは期待したんだけどなぁ。で、パーティは、ありがちだけど「カレーライス・パーティ」。カナダに来てから一度も食べてなかったからちょっと懐かしかったし、みんなで食べるカレーの味は格別でステイ先での寂しげな夕食をすべてかき消すような楽しいパーティとなりました。

ここでちょっとステイ先のフォローを一言。悪口ばっかり書いちゃってるけど、Gregory一家だけが悪いんじゃなくて、もちろん僕にも悪いところはあるんだよね。ちょっと僕の年齢を考えない門限なんかには閉口するけど、もう少しコミュニケーションがとれる英語力を僕がもっていればあんな事態にはならなかったはずだったし、僕がもっと入り込んでいけば多分対応の仕方も違っただろうしね。だいぶ英語ができるようになってきて、懐かしくなって電話したときにはすでに引っ越した後で、連絡取れなくなってたのが残念でたまらない。

ちなみに、この引っ越し祝いパーティは本当に大盛況のまま終わりました。みんなが帰路についたのは22時ぐらいだったんだけど、駅までみんなを送るときに息を吐いたら、真っ白。そう、もうトロントは寒くなってきていたのでした(1993.09.06)。

なんかねぇ、トロントってすごく安全なんだよね。もちろん、これは1993年当時のことだから、今はどうなってるのかわからないんだけど、非常に治安が良かった。

僕の場合、日本以外に行くのは初めてだったわけで、日本にいるときには「日本ほど安全な国はない。電車の中で寝られるのは日本だけ」などなど、日本は安全、異国は危ないという話を聞いてたので当初はかなり気にしてたんだよね。地下鉄乗っても当然寝ないし、周囲を常に監視して危険を察知したら対処できるようにしてたわけ。財布も日本ではジーンズのお尻のポケットに入れてたんだけど、サッとすられるとまずいと思って前のポケットにしまってました。でもね、そんなことする必要はまったくなかったね。だいたい、カナダ人が地下鉄で寝てたし、日本人がよくやるように場所取りのために自分の荷物置いてたからね。誰だ?異国は危ないって僕に叩き込んだ奴は?まぁ、危ない地域もあったんで用心するに越したことはないでしょうが。

なんでこんなに安全なのか?国民性、生活文化かな。僕はカナダに行くまで、同じ北米ということでアメリカとカナダってほとんど同じような国だと思ってました。が、住んでみるとまったく違う。アメリカじゃ、汚い言葉が氾濫してたけど、カナダではテレビなんかでもある程度制限かかってたみたいでそれほど変な言葉は多くなかったと思う。また、カナダ人ってすごく親切だし、ちょっとshyなとこもあって、どこか日本人に似てるような気がした。僕が出会った人たちだけかなとも思ってたけど、帰国後にトロントに住んだことのある人と話す機会が何度もあったんだけど、結構同じような印象を持ってるんだよね。こんな生活、言葉、文化なんかが安全な国をつくってるんでしょうかねぇ。

そんなわけで僕はカナダ大好き、トロント大好きな日本人となり、似非トロントニアンとして生きてるのである。

さてさて、実はこの9月の第二週はとんでもなく忙しい週になっていた。といっても、別に仕事してるわけではないので、なにが忙しいのかといえばいろんなイベントがあって忙しかっただけなのだが・・・。月曜日は前に書いたようにCasaLoma見学。火曜日は映画鑑賞会、水曜日は野球観戦、木曜日は動物園&お別れ会、金曜日はお別れ会第二弾,、土曜日は空港までお見送り、日曜日はサイエンスセンターへ。門限がなくなって夜遊びができるようになってから、いろいろとお誘いがかかるようになったのである。ただし、ほとんどの日本人はこの週で日本に帰ってしまったのだが・・・。

今回のテーマは動物園。トロントにはMetro Toronto Zooという有名な動物園があるのだ。とっても広い動物園だっていうのもウリの1つではあるけど、一番のウリは“おりが無い”ことらしい。“らしい”と書いているのは、僕から見るとおりではないか?というものは存在していたから。まぁ、確かに囲い込むようなおりはなかったんで許してあげよう。

僕は動物園ってもんが結構好きなんでここで一言感想を。やっぱり動物園は広いに限る!狭っ苦しいおりの中で身動きとれずにかわれるのはかわいそうだよね。その点、この動物園は敷地の広さ(283ha)にものをいわせて、すべての動物がゆったりと住んでいる。やっぱりこうでなくっちゃいけないよ。まぁ、一番良いのは動物園なんかに入れないのが良いんだろうけど・・・。

とりあえず、Toronto Zooを堪能してお別れ会の場所:アクエリアスへ。ここはBloor-YongeにあるビルのBarなんだけど、ここからの眺めは絶品。CNタワーから見下ろす夜景もいいけど、同じ高さからみるDowntownの夜景は最高に良い。実はこのアクエリアスは何度も使っていて、お別れ会っていうとだいたいここを使ってたような気がする。彼女や彼氏と一緒にトロントに行ったら、ぜひここに行ってみるといい。雰囲気抜群だしね。

映画。もともと結構好きで日本でもちょくちょく観にいってたんだけど、カナダに来てびっくり。最近では日本でも夜9時以降の割引、女性割引やシニア割引などなど、いろんな割引制度ができてきて1,000円ちょっとで観ることができる時があるけど、1993年当時はまだシネコンプレックスなんてもんはなく、ようやく海老名に日本初のシネコンとしてワーナー・マイカル・シネマズ海老名ができた程度。大人料金も2,000円弱くらいで(1,800円くらいだったかな)非常に高かった。

そんな時代にトロントの映画館に行って値段みて驚きました。10数年前のことなので(今は2006年)記憶が定かではないんだけど、確か$8くらいだったと思う。当時は1カナダドルが80円程度だったんで640円。でもって、更にびっくりすることに、毎週火曜日は映画の日っていうことで半額。320円だよ!?ということで、毎週のように観にいきました。はっきり言って、僕の英語力では内容をすべて把握することはできなかったけど、映画だと結構わかるんだよね。いい勉強になりました。ただ、スラングがわからなかったんで、Dictionary of AMERICAN SLANGっていう辞書を買いましたよ。これで変な言葉までちょっと覚えてしまった…。

ちなみに、これらトロントで観た映画の多くは日本に帰ってきてから再度観ました。世界同時公開なんてのも少なかったのかな。僕が帰国してから日本封切りなんてのが結構あったもんで。なんかちょっと時代を感じてしまいますねぇ。でも、日本ももっと安くして、気軽に観にいけるようにしたほうがいいんじゃないの?もっと安ければ実は大きな画面で映画を観たい!っていう潜在顧客が来るんじゃないかなぁ。